終点枕崎

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映画で泣く方法

皆さんは子供の頃、(例えば口喧嘩とかして)怒りながら泣いてしまった経験はないでしょうか?僕はあります。全然悲しくないのに。割とそういう経験ある人はいるみたいです。

最近まで人は悲しいから泣くのだと、なんとなく思ってましたが、どうやら違うようです。単純な話、感情が高ぶった時に涙が溢れてくる。その原因は、悲しみでも、怒りでも、喜びでも、虚しさでも関係ないのですね。考えてみれば、「嬉し泣き」って言葉があるくらいだから至極当たり前です。

ところで、記憶のある限り、僕は映画とかドラマで泣いたことがありません。まあ両者とも元々あまり見ないということは置いといて、最近「泣ける!!感動作!!」の触れ込みで見に行った映画も泣けませんでした。ええ!!あれほど泣けるって評判だったのに!!!って、逆に泣けない自分が不安になるほど。あ、秒速5cmはとても面白かったです。

なんか巷ではやる「泣ける!!!」的な映画って、大半が恋愛がらみな気がします。で、大抵「めちゃ共感した笑!!」みたいな感想なんですけど、「共感した」ってつまり、過去か現在進行形で恋人がいたり、または好きな人がいたりみたいなことが前提になってるんですよね。なんなんですか!!!「少子高齢化が深刻!!若者が恋愛しない!」とか言っときながら結局は恋愛至上主義なんじゃないか!!!!!!

大衆ってのは結構想像力に乏しくて、結局自分が経験した感情につながりのあるものしか想像することができないんだと思います。恋人が死ぬというシーンでも、恋人がいた経験のある人とそうでない人では悲しみの度合いが違うはず。逆に言えば、泣けない人ってのは恋愛経験に乏しい人ってことになりますね。はて誰のことでしょう?

泣ける映画、もっと大きなくくりで言えば面白い物語を作るのって、多くの人が経験したことのある強い感情を想起させるようなシナリオにすれば間違い無いのではないでしょうか。

僕の場合、合格発表の動画を見るとジーンってきます。僕以外にも、人生でおそらく一番努力するであろう受験勉強に思い入れがある人も多いはず。なんというか、合格発表動画の詰め合わせみたいな動画ないですかね。それこそ理屈抜きで泣けると思います。

あと先生や上司に怒られてすごく悔しい経験をした人も多いと思います。そういう上司を見返す映画があったら売れそうな気がします。あ、でもそう言えばそんなドラマありましたね。

思うんですけど、もらい泣きって、一番泣かせ力が高い気がします。一番感情移入がしやすい。ど直球で「泣くほど悲しいのだ」と伝えてくるから、逃れようがありません。実際、僕は人が泣くのを見てもらい泣きした経験が多いです。バライティ番組で感動話のあとタレントがみんな泣いてるのも、まぁきっとそういうことなんでしょう。

やっぱ感情移入って大事ですよねー。年をとるにつれ苦手になっていった気がします。といより、安い感動話とかを純粋に楽しむ心が失われつつある。小学生くらいまでは心霊番組を本気で怖がってたし、中学生くらいまでは、インターネットに乗ってた感動話を友達と読みあったりしてた覚えがあります。しかし、そういった話を楽しむのには余計なことを知りすぎました。もう手遅れ。というかインターネット全体にも同じような変化が起きている気がします。10年くらい前までは感動系のSSやコピペがたくさん転がっていたのに、最近めっきり目にしません。これは皆のネットリテラシーが高まったと喜ぶべきことなのか、はたまた。。。

でも結局、映画で泣ける人ってのはそういった雑念抜きで映画を楽しめる人なんでしょう。それって本当に素晴らしいことだと思います。だってそっちの方が絶対人生楽しいでしょ。

でも卑屈なのって、僕は別にマイナス要素ではないと思うんですよ。むしろパワー。日本文学なんか卑屈さの権化じゃないですか(偏見)。それに卑屈さは時に笑いを生む。逆に卑屈さゼロの太陽100%みたいな人って、付き合ってても疲れそうだし。太宰治が日本を代表する文豪になり、ちびまる子ちゃんが国民的アニメになったのも、日本人のほとんどが卑屈さを持っている確かな証拠だし、それをエンターテインメントとして活用しているのです。

なので僕は、卑屈さを持ちながらも映画で泣けるような人になりたい。

とにかく新しい来年の目標ができました。来年は映画で見事泣いてみせましょう。